「ケータイを甘く見るな」 “最強のおもちゃ”が子どもの脅威に

思い付いたことをどんどん書いていくので多分グダグダになりますが私的結論だけとりあえず先に言うと「子供にはネットにアクセス出来ない携帯を持たせるべき」かと。
リンク先文中にもありますが、フィルタリングなんてイタチごっこやし、ネットにアクセス出来ればいっくらでも抜け道はあるので。


まぁしかし、アニメ・漫画叩き、ゲーム叩きを経て時代はケータイ叩きへ。
アニメ・漫画・ゲーム叩きが鳴りを潜めつつあるのはオタ産業が各メディアにとって美味しい存在になりつつあるからだとか、ゲームは対子供に対して慎重な任天堂が復権したからだとか、ファミコン世代が親になりゲームの扱いが分かっているからだとかいろいろ言われてますが、当時のオタ産業叩きで「その作品から派生するコミュニティ」の話が圧倒的に欠けてたことがこのケータイネット問題に響いているかなという印象。
ゲームの影響を受けて殺人事件を起こしたとされる人間が、その作品関連のどういうコミュニティに属していたか。「大人しい子だった」とかいう感想を述べるに止まる普段の生活上の周りの人間や子供が何してるか把握できてない親などの話ではなく、犯人がその作品に絡むコミュニティ内ではどういう人物像として捉えられていたか、またそのコミュニティの周りの人間達はどういう人物像だったか。そういう観点の話はあまり見たことがない。

娯楽とは人間とモノに閉じる話ではなく、その娯楽を共有するコミュニティまで含めて娯楽だと僕は思うのだが、何故かこの国(いや、外国がどうなんかは知らんが(笑)はそういう意識が低いように思う。たまにコミュニティまで話が及んでも、ステレオタイプな話になるだけだと思う。
まぁ、娯楽を使い捨てのように扱うこの国ではその娯楽を取り巻くコミュニティなどどうでもええのは当然かもしらんが。
日本一人気のある(あった)プロ野球チームのオーナーは他球団ファンなど存在しないかのような発言を繰り返し続けてきたし、また自チームのファンには「勝てば喜ぶ」人間しかいないかのような振舞いをしてきたし。

昔は「娯楽は一人嗜むもの」という人が多かったのではないかと思うが、ネット全盛の今、おそらく「こんな趣味自分だけしか持ってない」ということの方が少ないように思う。つまりどんなものにもコミュニティは存在する。

あれなんか話が逸れてるか?娯楽の話でなくケータイの話でしたか。
まぁそんなわけでコミュニティの存在というヤツを無視してきた結果、個人がネットを介して直接他人に繋がるケータイというモノが創り出す無数のコミュニティが起こす事象に対処できないのがこの国の現状なのでないかと。いや、そもそも無数のコミュニティが創り出されること自体に対処できていないと言うべきか。

まだケータイの機能レベルだからこれくらいで済んでいるという可能性もあるよね。
ケータイがPCと同等の機能を持った日にはアナタ、『電脳コイル』みたいに一人の小学生が街一つを大騒動に巻き込むことすら出来かねないですよ。

PCより安い、ゲームより健全、という理由でケータイを持たせることに躊躇しない親が多いとかいう話をどっかで読んだ気がしますが、そのお手軽さこそが脅威ということをよく認識して・・・とかいうのは多分無理で、おそらく免許制にでもしない限りこのままハイスペックなケータイが子供達に支給されていくことでしょう(今更nicoには戻れないやろう)。

「生まれた時からネット」世代が今後どうなっていくのか。
俺らはそれを『攻殻機動隊』でベッドに横たわりながらすげぇ機械を接続されて電脳だけバリバリ動いてるじーさんみたいになってそれを見届けることになるのかもしらん。

エロビデやエロ本をすんげぇ頑張って入手した話とかが通じない世代と話が合うと思えんよなぁ(笑