俺と虎の18年

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第一回 スカウトと育成に愚痴をこぼした日々
さて第一回である。何から書こうかと思ったが、とりあえずチーム作りの根幹から駄目だったという ところから始めようと思う。まぁ、別にこのシリーズ全部、駄目なことを書くと決めているわけでは ないのだが。っていうかなんだこの堅苦しい文体は。もっとフランクにいくか。フランクと言えば ファイターズから来たフランクリンは今何をしているのだろうか。といきなりタイガースファン以外 置いてけぼりの話題を振ったところで、早速行ってみよう。
「箸にも棒にもかからん選手ばかり」このサイトのプロ野球用語集 にも記されている言葉だが、元は関西テレビの解説者、西本幸雄氏がタイガースを評して言った言葉である。 弱小時代のタイガースは、まさにこういう状況だった。今季のベイスターズやブルーウェーブなどまだまだ 甘い。だってええ選手はおるやないの。真の最下位とは、夢も希望も抱けない、しょぼい選手達で構成 されてこそである。何故、弱小時代のタイガースは、「箸にも棒にもかからん選手ばかり」だったのか。 それは、スカウトの奇妙な偏重と、育成方針の失敗が生み出した、中途半端選手のオンパレードが原因 だった。
「竹内みたい」これまたこのサイトのプロ野球用語集に ある言葉である。まずこの用語の意味を説明する前に、竹内という投手について説明しなければならない。 彼は1993年にドラフト二位でタイガースに入団した。140キロ台後半のストレートを放る、ということで 注目され、確かにデビュー当初はそれに近いスピードボールを放っていたのだが、いつの間にか 140キロに満たない球しか投げられなくなっていた。さらに、ちょっとしか曲がらないスライダーと、 ちょっとしか落ちないフォークを操り、「とりあえず低めに投げとく」しか能のない投手だった。 そしてタイガースは、この10年間、このような投手のオンパレードであった。それはもう、物凄い数に なるのでここでは挙げないが、日本人のみならず、助っ人投手までもがその傾向にあった。他球団では いとも簡単に現れる150キロの豪腕投手が、何故タイガースには現れないのか。いや、150キロとは言わない。 せめて144キロでいい…と思った日々。竹内も、そして山崎も中ノ瀬も郭李もラミレズも140キロ台後半は 出るという話だったのに…スカウトが掴まされたのか、育成が悪いのか。っていうか郭李はオリンピックの時 間違いなく150出てたけどな…。いやまだその辺はいいにしても、名鑑に何キロの球を投げるとか載ってない 投手をなんで獲ってきちゃうんだろ…などと毎日のように愚痴った。育成も悪いんだろうけど、 こうまで駄目なのはやはりスカウトにも見る目がないと言わざるをえないんじゃないだろうか…ていうか、 首脳陣はよくクビになってるけど、スカウトってどうなってんだ…そんな疑問を日々感じていた。 そんな中、98〜99年に在籍したドミニカ出身の助っ人投手、 ベン・リベラの150キロの速球に我々は心底感動した。 例えそれがど真ん中にしか行かなかったとしても。また、99年にデビューした福原の150キロを楽勝で越える 速球には、本当に泣きそうになるくらい感動した。というか、生まれて初めて、タイガースの日本人投手が 150キロを投げているのを観たように思った。しかし今やタイガースは本格派だらけ。その福原ですら 今季は(故障明けということもあったが)、先日やっと一軍初登板を果たせたというくらい、 タイガースには豪腕投手が増えた。野村政権時のフロント改革が実を結んだのだと思う。
「ウチに来たら四番」これまたこのサイトのプロ野球用語集に ある言葉である。弱小時代のタイガースは、当時ベイスターズの二番打者だった波留(現千葉 ロッテマリーンズ)ですら四番で通用するのではないかというくらい、しょぼい打線であった。 何がしょぼいって、成績がどうとかいう次元ではなかった。「140キロ以上の球を前に飛ばせない」のである。 つまり、決定的にパワーが不足していた。それもそのはず、当時、最早見た目からタイガースの選手達は 明らかに貧弱そうだった。華奢な選手、小兵な選手のオンパレード。Gパンを履くために下半身を鍛えなかった という新庄剛志が一番がっしりして見えた、そんな時代。今季、華奢だろうが小兵だろうが、鍛えれば 強い打球は打てることをタイガースの選手達が証明してくれているが、それもこれも金本のような筋トレ 大好き人間が来てくれたおかげである。みんなが華奢で小兵なら、その必要性に気付きたくても気付けない ものだ。
野村監督は初めてのキャンプの時、「タイガースの選手はみんな平均レベルで、一芸に秀でた選手がいない」 と言った。野手も投手も、小さくまとまっていた。速い球も鋭い変化球も投げられないが、 投げられない球は結構少ない投手と、速い球は打ち返せないが、半速球はばっちり打ち返し、 それなりに守れて走れる野手。スカウトの好みだったのか、育成方針の問題だったのか。 これは、等の野村監督時代でも、完全に払拭することは出来ず、「次ストレートが来ると教えても 力負けしてファールにしてしまう」と嘆く野村監督に、我々ファンも「そらIDもクソもないで…」と 思ったものだった。スカウトも育成も悪ければ、選手も悪い。弱小球団とは、どこまでも弱小であることを、 安芸キャンプを観に行った人間は、よく知っていたのだった。第二回に続く。多分。(2003/9/1)