俺と虎の18年

俺と虎の18年TOP

第六回 これしかなかった
「私ではダメだった。このチームには星野のような男がいいんじゃないだろうか」 野村克也はそう言い残し、タイガースを去った。そしてその星野仙一は、ドラゴンズ西川新球団社長との 確執から、ちょうどドラゴンズ監督を辞めたとこだった。 野村克也招聘というチャンスすら活かせなかったへっぽこ球団阪神タイガースに、神様は本当に最後の、 いや、最期のチャンスを与えてくれた。しかしそれは、タイガースに、そしてタイガースファンに大きな 覚悟を強いるものだった。野村政権の失敗として、既に「選手を大人扱いし過ぎたこと」をあげたが、 もうひとつ大きな失敗の要因として、「遠慮してあまり血の入れ替えを行わなかった」ことがあげられる。 確かに竹内や湯舟や山崎や平尾など、タイガースファンなら大納得の「大きなトレード」はあったのだが、 もっと強烈なインパクトを持つ血の入れ替えトレードを、のむさんは出来なかった。 だが、星野仙一なら、絶対やる。やってくれる。そう思うと同時に、私などはその年活躍した井川や濱中や 赤星の放出までも覚悟していた。今思えば、のむさんはシーズン終了から辞任する間、精力的に動いていた。 ムーアの獲得を早々と決め、ブルーウェーブからアリアスをかっさらい、ファイターズから片岡をFAで 引っ張ろうとしていた。ジャイアンツの金満補強に異論を唱え続けていた野村克也が、である。 それはひょっとして、次期政権にちょっとでもまともな戦力を残そうという考えだったのかもしれない。 そして2001年12月18日、遂に星野タイガースは誕生した。
星野政権一年目最大のテーマは「負け犬根性の払拭」だった。これを野村監督は試合に勝つことで 行おうとしたが、星野タイガースはもう根本から違った。安芸キャンプを見に行った我々は、 それを嫌がおうにも痛感する。声が出ているのである。かつてあまりの声のなさに客から怒られ、 プロと称するのも恥ずかしかった選手達が、うるさいくらい声をあげて練習していた。 それこそ、高校生ぽくてある意味プロらしくない、と思うほどに。さらに驚いたのは、 バッティング練習をしている傍らの小さな面積を使って、打球判断の練習をしていたこと。 練習出来る場所があれば練習する。ほとんどの選手が定時であがっていた時代とは比べものにならない。 さらにさらに驚いたのは、坪井とカツノリ以外にも休日返上で練習する選手が現れたこと。 監督就任からわずか一ヶ月半足らずで、星野タイガースは、意識改革に成功していた。 星野監督の意識改革、と聴いて最初にあげられる選手はやはり今岡・藪だろう。 あの今岡が、打球に飛び込む、全力疾走する、悔しがる、怒る。あの藪が粘りの投球をする (注:去年の話です(笑)。「監督が代わったから頑張ろうという根性が気に入らん」とやまちんは言い、 私もそう思ったが、子供のタイガース選手達で勝つには、これしかないのかなという気もした。 意識改革の成功は、シーズンに入ってもありありと感じることができた。12年ぶり開幕勝利よりも、 開幕7連勝よりも、何より凄いと思ったのが、「打者が初球ど真ん中ストライクの速球を打ちにいき、しかも 後ろにファールしないこと」だった。他には三タテを一度も喰らわなかったこと、9月下旬にもなって 8回9回で6点差をひっくり返した試合があったこと。ネバサレ魂の浸透を強く感じた。 だが、しかし。それでもタイガースはBクラスだった。5年ぶりの最下位脱出は果たしたが、前半戦 突っ走っていたのに、度重なる故障者の発生で、Aクラスに留まることすら出来なかったのだった。 故障するのも選手層が絶対的に薄いのも、長年のサボりが原因であることは、明らかだった。
そして2002年オフ。遂に真の星野改革が始まった。FA補強、助っ人補強、トレード補強。 クリーンナップやローテーションから、生え抜きの選手を追いやることになってでも、競争心を煽る環境を 作る。のむさん同様、ジャイアンツの金満補強に異論を唱えてきた星野仙一が、金満補強に踏み切った。 盟友・山本浩二率いる広島東洋カープから、金本をかっさらった。中村ノリも、ペタジーニも獲りに行った。 後者二選手についてはここにきて「本当は獲る気はなくて、単にジャイアンツへの対抗心だけで出馬した」 という説も出ている上に、結果的に獲れなくて良かったということになってしまっているが、 真相がどうであろうと、表向きはジャイアンツばりの補強を目指していたのは事実である。 少し話は逸れるが、私は助っ人補強とトレード補強については全然やってもいいと思っている。 世の中には助っ人補強もトレード補強もダメという、いわゆる生え抜き主義の人もいるのだが、 正直それではもうこれからの日本プロ野球はもたないと思われる。いい選手のメジャー流出が防げない以上、 助っ人とトレードなくしてレベルの高い野球は保てないと私は思う。だが、FAと逆指名は断固反対である。 やはり、相手球団にマイナスだけを与えてしまうこの制度は、チーム力の差を大きくする一方の悪ルール であると言わざるをえない。しかし、逆指名撤廃、ドラフト完全ウェーバー実現のためのエサとしてFA制度を 推進するのはやぶさかではない。助っ人とトレードは、基本的には相手にマイナスを与えるものではないのが 素晴らしい。助っ人などはあの博打感覚が何よりたまらない(笑。トレードで出て行った選手が活躍すると、 やはりうれしい(自チームに来た選手も活躍することが前提ですが(笑)。以上、話を戻そう。 ジャイアンツばりの補強を試みた星野監督。結果、チーム内では激しい生存競争が繰り広げられることと なった。今年の春のキャンプでは、我先にと練習する選手達がいた。休日返上は当たり前だった。 皆スタメンに、一軍に残るため必死だった。連日新聞に載る「絶対あの選手には負けない」という発言。 昨年よりもさらに一回り大きく、戦う集団となったタイガースがそこにはあった。そしてその選手達を 見事に操るタイガース首脳陣。歯車は完全に噛み合った。
今季、タイガースが強くなったことにより、アンチタイガースも増えた。 そして皆が口を揃えて言う。「金で勝ってうれしいか」FA制度と逆指名制度導入以来、幾度となく 叫び続けてきた言葉。それを今、自分達が受ける立場にいる。「ずっと最下位だったし」 「Bクラスのチームだし」と自分に言い訳してきた。だが、しかし、やはり、何よりも大きいのは、 「野村克也ですらどうしようもなかった」という事実である。理論で強くなれないのであれば、もう、 これしかなかったと言わざるをえない。今季も、濱中は結局故障し、関本は二軍に落ちたまま 上がってこない。片岡とアリアスがいなければ、ロクにクリーンナップも組めない有様だったろう。 金本が来なければ、赤星の成長も藤本の成長もなかっただろう。じゃぁ、ここからだ。 ここからがジャイアンツに差を見せつけられるかどうかの瀬戸際だ。優勝から、どれだけの選手を自前で 育てられるか。ここから、どれだけ、星野仙一の魂を、金本のトレーニングへのこだわりを、繋ぐ意識を、 残せるか。阪神タイガースが目指すべきものは、今季限りの強さではない。18年前の再現ではない。 黄金時代を確立することだ。ここでさす黄金時代とは、V10を達成するとか、そういうことではない。 もっと言えば、常に優勝争いをする、ということでもない。将来、プロ野球選手を目指す少年達に、 野球の素晴らしさを見せてやれる、そういう球団になるということだ。タイガースの挑戦は、今年の 優勝から始まる。ネバサレ魂を発揮するのは、これからだ。
「俺と虎の18年」了。このシリーズは哲が担当しました(新聞の特集記事かよ!!(笑)(2003/9/9)