最近関東ノラに入団した若手のS君は23歳で自分とは9歳違うが、彼もまたバリバリのタイガースファンであることは知っていた。しかし、9歳違うということは、つまり彼にとってバックスクリーン三連発は「伝説の中の出来事」でしかない(何せ彼はその時まだこの世に生まれていない)。僕が父親達から江夏や田淵のタイガース時代の話を聴くのと同等の感覚で、彼は1985年のタイガースの話を聴くわけだ。これはとてつもないジェネレーションギャップなのではないか、とそう思っていた。
しかし。


先週の京セラドーム遠征での移動中のこと。2003年の優勝の時に彼は何歳だったのかという話から暗黒時代の話へと移ったのだが、当時17歳だったという彼はこんなことを言った。「中学高校時代は授業中ノートにタイガースのローテーションや打線を書くのが大好きでした」いや、まぁこれくらいはどのプロ野球ファンでもすることか・・・そう思う僕に、彼は更にこう続けた。「藤田太陽15勝とかノートに書いてましたよ」

・・・ここで回想シーンに入るが、そう言えば自分はいつ頃から選手の成績まで予想(もしくは妄想)するようになったのだろうか?中学時代は確実にオーダーを考えるだけだった。それはM君との会話の記憶(ウィンは1番で使えば結構打つんじゃないか?)ややまちんとの会話の記憶(今更岡田を何番で使うのか・・・)などからハッキリと思い出せる。また、高校時代に音楽の授業中にえんめやよっちんと延々野球ネタをノートに書いていた時も、数字予想まではしていなかったように思う。日常会話の中で「マイク炎の17勝」とかは言ってたが(いやこれが「日常」会話なんですよ皆さん)、選手の成績予想など、プロの評論家すらやらない(というか相手もあることなのでほぼ予想不可能なことなのだ)ことを我々(って主語が「我々」になっちゃったよ(笑)がやり始めたのは、やはりFYTN発足後のような気がする。そもそも臆面もなく「藤田太陽新人王」とか書くには、ああいう場でないとできないことだったのではないか?(独りでそんなこと書いても誰も笑ってくれない・・・って笑わせるために書いてたんかい!?(笑)以上回想終わり。

僕はS君にこう言った。「君がこのチームに入ったのは運命だったようだ。これから文字通りトラキチな人達がたくさんいるところに行くから・・・」タイガースが強くなり「藤田太陽15勝」という文字列がどれだけ面白いことか噛み締めることがほぼなくなった昨今(これは来季の成績予想で二神15勝とか書くのとはレベルが全然違うことなのだ)、S君の一言はトラキチ友達とのいろいろな想い出を走馬燈のように想起させてくれると共に「ジェネレーションギャップなんてあらへんな、トラキチには」と思ったのでした。

因みに彼はおそらく物心ついてから2003年の優勝まで一度しかAクラスになっていない(それも92年だから6歳の時だ・・・多分亀新フィーバーとか言ってもあまりピンとこないのではないか?)がそれでもタイガースファンを続けて行けたのは、やはり人生のポイントポイントで異常なトラキチ友達に出会ってきたかららしい。まぁやはりトラキチの人生とはそういうものだと思う。自分がそうだったように。