台湾プロ野球の八百長疑惑で思わぬ時の人となっていますが、Wiki見たらあまりにも内容がペラッペラだったのに驚いた。タイガースファンなら誰もが2時間くらいは語れる選手やろ?(笑


中込は88年のドラフト1位。
球団職員として囲い込みをしてまで獲得した超逸材。
しかし入団後は伸び悩み故障までしてしまい源五郎丸の二の舞かと誰もが嘆いた。が、奇跡は起きた。
1992年。亀新フィーバーと若手投手陣の一斉覚醒で優勝争いをしたこの年のチームの中心に、中込もいたのでした。9勝8敗、防御率2.42の数字もさることながら、この年の先発投手陣では最も安定した投球を披露していました。
しかし・・・この年より後はええのか悪いのかようわからんシーズン(先発3番手〜6番手を行ったり来たり)が続き、一度消えかけるも野村政権時にまさかのセットアッパーとして復活。しかしまたすぐに消えて自由契約に。その後は仲の良かったタイガース時代のチームメイト郭李の誘いで台湾野球で頑張っていました。

中込はちょっとスライドするストレート「真っスラ」を武器に140キロ前後のストレートで打者を詰まらせる投球術が持ち味で、これは今で言う「カットボール」なわけですが、90年代にこの球を投げていた投手はほとんどおらず、先駆け的な存在だったと言えます。しかしサンテレビの解説で「今日は真っスラが曲がりすぎてるな」とか「今日は真っスラが曲がってないな(それって棒球ってことやろ!?(笑)」とか言われていたのをよく思い出しますね。

今やイーグルスで大活躍している中谷がタイガース時代に「先輩が投げた携帯電話を眼に当てて失明しかけた」という事件があったのですが(それでタイガース時代は大成しなかった)、その犯人が中込でした。・・・そういう点では昔もトラブルメーカーやったんかのぉ。

FYTN一行が安芸キャンプ視察で泊まった旅館に中込が来た時は「でけぇ!!」と感動したものですが、まぁ、ええ想い出ですね(笑。